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京都地方裁判所 平成8年(ワ)992号 判決

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

佐賀千惠美

佐賀小里

被告

乙山太郎

乙野一郎

乙野商事株式会社

右代表者代表取締役

乙野一郎

右三名訴訟代理人弁護士

坂本正寿

森田雅之

黒田充治

主文

一  被告乙山太郎は、原告に対し、金一三九万五九四五円及びこれに対する平成七年一二月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告乙野商事株式会社は、原告に対し、金二二一四万五九四五円及び内金一九四万五九四五円に対する平成七年一二月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告乙山太郎及び被告乙野商事株式会社に対するその余の各請求並びに被告乙野一郎に対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告に生じた分の三分の一及び被告乙山太郎に生じた分は、これを五分し、その四を原告の、その余を被告乙山太郎の負担とし、原告に生じた分の三分の一及び被告乙野商事株式会社に生じた分は、これを三分し、その二を原告の、その余を被告乙野商事株式会社の負担とし、原告に生じた分の三分の一及び被告乙野一郎に生じた分は原告の負担とする。

五  この判決の第一項及び第二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告らは、原告に対し、各自金五五七万三八七九円及びこれに対する平成七年一二月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告乙野商事株式会社は、原告に対し、金六四万五〇〇〇円を支払え。

第二  事案の概要

本件は、(1)被告乙山及び被告乙野に対し、不法行為(民法七〇九条、七一九条)に基づき損害の賠償を、(2)被告乙野商事株式会社(以下「被告会社」という。)に対し、①債務不履行ないし不法行為(民法四四条一項、七〇九条、七一五条、七一七条)に基づき損害の賠償を、②不当利得に基づき預託金の返還を、③雇用契約に基づき残退職金の支払いを、それぞれ求めた事案である。

一  請求原因

1  債務不履行ないし不法行為

(一) 当事者等

被告会社は、呉服の販売等を業とする会社である。平成七年一二月四日現在における被告会社の社員数は、正社員が二六名で、準社員が七名であった。

原告は、平成三年二月二一日から平成七年一二月五日に退職するまで、正社員として被告会社で勤務した。原告は、独身で一人暮らしの女性である。

被告乙野は被告会社の代表取締役で、被告乙山は被告会社の取締役(専務)である。乙田春男は被告会社の社員であった。

(二) ビデオの隠し撮り

乙田は、ビデオカメラを使って、被告会社の女子更衣室で原告らを秘かに撮影していた。被告会社は、平成七年六月ころ、女子更衣室でビデオ撮影されていることに気付いた。しかし、被告会社は、ビデオカメラを撤去したり、何人がビデオ撮影したかなどの真相を解明しようともせず、また、女子社員に対し、何の注意も促さず、事実を隠していた。さらに、乙田は、同年九月下旬ころ、ビデオカメラを使って、女子更衣室で原告らを秘かに撮影していた。

(三) 本件乙山発言

被告乙山は、平成七年一一月一日、朝礼において、原告が乙田と旅行に行くため積み立てをしていた旨の原告と乙田が男女の関係にあるかのような発言(以下「本件乙山発言」という。)をした。

(四) 原告の退職

被告乙野は、原告が朝礼において、被告会社を好きになれない旨発言したことを受けて、平成七年一〇月六日、朝礼において、会社を好きになれない人は辞めても良い旨の発言(以下「本件乙野発言」という。)をした。また、被告乙山は、平成七年一一月一日、朝礼において、本件乙山発言をした後、原告は被告会社で勤務を続けるか否か一日考えてくること、今日は今すぐ帰っても良い旨発言した。それ以降、被告会社の社員は、原告との関わり合いを避けるような態度を取るようになったので、原告は、被告会社に居づらくなり、退職せざるを得なくなった。

(五) 被告らの責任

(1) 被告乙山

① ビデオの隠し撮りに対して

被告乙山は、女子更衣室でビデオ撮影されていることに気付きながら、ビデオカメラを撤去したり、何人がビデオ撮影したかなどの真相を解明しようとしたりせず、また、女子社員に対し、何の注意も促さず、事実を隠していた。そこで、被告乙山は、民法七〇九条により、これによって原告が被った損害を賠償する責任を負う。

また、被告乙山は、民法七一五条により、乙田によるビデオ撮影によって原告が被った損害を賠償する責任を負う。

② 本件乙山発言に対して

被告乙山は、本件乙山発言をした。そして、これによって、原告の名誉は毀損された。そこで、被告乙山は、民法七〇九条により、これによって原告が被った損害を賠償する責任を負う。

③ 原告の退職に対して

被告乙山は、原告を退職させるため、本件乙山発言をした後、原告は被告会社で勤務を続けるか否か一日考えてくること、今日は今すぐ帰っても良い旨発言した。そして、被告乙山は、その後、何の措置も取らなかった。そこで、被告乙山は、民法七〇九条により、これによって原告が被った損害を賠償する責任を負う。

(2) 被告乙野

① ビデオの隠し撮りに対して

被告乙野は、女子更衣室でビデオ撮影されていることに気付きながら、ビデオカメラを撤去したり、何人がビデオ撮影したかなどの真相を解明したりせず、また、女子社員に対し、何の注意も促さず、事実を隠していた。そこで、被告乙野は、民法七〇九条により、これによって原告が被った損害を賠償する責任を負う。

また、被告乙野は、民法七一五条により、乙田によるビデオ撮影によって原告が被った損害を賠償する責任を負う。

② 本件乙山発言に対して

被告乙野は、事前に本件乙山発言の内容を知っていたにもかかわらず、被告乙山に本件乙山発言を許した。そして、本件乙山発言によって原告の名誉は毀損された。これは、共謀または幇助による共同不法行為である。そこで、被告乙野は、民法七一九条により、これによって原告が被った損害を賠償する責任を負う。

③ 原告の退職に対して

被告乙野は、原告を退職させるため、被告乙山が、本件乙山発言をした後、原告は被告会社で勤務を続けるか否か一日考えてくること、今日は今すぐ帰っても良い旨発言した後、何の措置も取らなかった。そこで、被告乙野は、民法七〇九条により、これによって原告が被った損害を賠償する責任を負う。

(3) 被告会社

① ビデオの隠し撮りに対して

Ⅰ 債務不履行

被告会社は、雇用契約に付随して、原告が安心して働けるように職場の環境を整える義務がある。それにもかかわらず、被告会社の女子更衣室でビデオ撮影がなされた。そこで、被告会社は、債務不履行により、これによって原告が被った損害を賠償する責任を負う。

Ⅱ 不法行為

被告会社は、民法七一五条により、乙田によるビデオ撮影によって原告が被った損害を賠償する責任を負う。また、被告会社の社屋は、被告会社の所有であるところ、女子更衣室の壁に穴が開いており、乙田はそれを利用してビデオ撮影をした。そこで、被告会社は、民法七一七条により、これによって原告が被った損害を賠償する責任を負う。さらに、被告会社は、民法七一五条、四四条一項により、前記(1)(2)によって原告が被った損害を賠償する責任を負う。

② 本件乙山発言に対して

Ⅰ 債務不履行

前記①Ⅰのとおり、被告会社は、原告が安心して働けるように職場の環境を整える義務がある。それにもかかわらず、本件乙山発言がなされた。そこで、被告会社は、債務不履行により、これによって原告が被った損害を賠償する責任を負う。

Ⅱ 不法行為

被告会社は、民法七一五条、四四条一項により、前記(1)(2)によって原告が被った損害を賠償する責任を負う。

③ 原告の退職に対して

Ⅰ 債務不履行

前記①Ⅰのとおり、被告会社は、原告が安心して働けるように職場の環境を整える義務がある。そして、本件乙山発言及び本件乙野発言の後、原告にとって働きにくい職場になっていたのであるから、被告会社は、本件乙山発言に対する謝罪や本件乙山発言及び本件乙野発言の撤回などの適切な是正措置を取る義務があった。それにもかかわらず、被告会社は、何の措置も取らなかった。そこで、被告会社は、債務不履行により、退職によって原告が被った損害を賠償する責任を負う。

Ⅱ 不法行為

被告会社は、民法七一五条、四四条一項により、前記(1)(2)によって原告が被った損害を賠償する責任を負う。

(六)損害

(1) 逸失利益

原告は、被告会社を退職したため、雇用保険の失業給付が唯一の収入になった。原告の失業給付は、一日当たり金四五二〇円で、平成七年一二月六日から平成九年三月一九日までの間のうち四六九日分の給付額は、合計金二一一万九八八〇円である。これに対して、原告が被告会社を退職しなければ、四六九日で、金四一九万三七五九円の収入が見込めた。そこで、退職による逸失利益は、その差額の金二〇七万三八七九円である。

(2) 慰謝料

原告は、前記(二)ないし(四)によって精神的苦痛を受けた。そこで、慰謝料は金三〇〇万円が相当である。

(3) 弁護士費用

前記(二)ないし(四)による弁護士費用相当の損害額は金五〇万円が相当である。

2  不当利得

(一) 被告会社は、原告に対し、賃金として金二〇万円の旅行手当を支給した。原告は、右金員を被告会社に預託した。

(二) したがって、原告は、被告会社に対し、不当利得に基づき、金二〇万円の支払を求める。

3  退職金

(一) 被告会社は、原告と同時期に入社し、平成七年七月ころ退職した○○に対し、退職金として約金六三万円を支給した。そこで、原告は、金六三万円の退職金請求権を有している。それにもかかわらず、被告会社は、原告に対し、退職金として金一八万円五〇〇〇円しか支給しなかった。

(二) したがって、原告は、被告会社に対し、雇用契約に基づき、残退職金四四万五〇〇〇円の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  債務不履行ないし不法行為について

(一) 当事者等

(一)の事実は認める。

(二) ビデオの隠し撮り

(二)の事実のうち、平成七年六月ころ、女子更衣室でビデオ撮影がなされていたこと、ビデオカメラを撤去しなかったこと、同年九月下旬、女子更衣室でビデオ撮影がなされていたことは認め、その余は否認する。

(三) 本件乙山発言

(三)の事実は認める。

しかし、被告乙山は、職場秩序維持のために本件乙山発言をしたのであって、違法な行為として非難される程度のものではない。

(四) 原告の退職

(四)の事実のうち、本件乙山発言は認め、その余は否認する。

しかし、原告の退職は、自己都合によるものであり、本件乙山発言とは因果関係がない。

(五) 被告らの責任

(五)はいずれも争う。

なお、被告乙山及び被告乙野が、共同して本件乙山発言をしたことや原告を退職に追い込んだことはない。

(六) 損害

(1) (1)の事実は否認する。

(2) (2)(3)はいずれも争う。

2  不当利得について

2(一)の事実は認める。

3  退職金について

3(一)の事実のうち、原告に退職金一八万五〇〇〇円を支給したことは認め、その余は否認する。

第三  判断

一  債務不履行ないし不法行為について

1  当事者等について

請求原因1(一)の事実は争いがない。

2  ビデオの隠し撮りについて

(一) 証拠(甲二、八、一〇、乙五、六、原告、被告兼被告代表者乙野)によれば、次の事実が認められる。

(二)(1) 乙田は、ビデオカメラを使って、被告会社の女子更衣室で、原告らを秘かに撮影していた。被告乙野は、平成七年六月ころ、女子更衣室でビデオ撮影されていることに気付いた。そこで、被告乙野は、取りあえずビデオカメラの向きを逆さにして、それ以上撮影できないようにした。すると、翌日には、ビデオカメラは撤去されたので、被告乙野は、その後、何の措置も取らなかった。

(2) ところが、乙田は、その後もビデオカメラを使って、女子更衣室で原告らを秘かに撮影していた。被告乙野は、平成七年九月二六日、女子更衣室でビデオ撮影されていることに気付いた。そこで、被告乙野は、ビデオカメラを回収して金庫に保管したうえ、男子社員に対し、ビデオ撮影した者は名乗り出るように告げ、さらに、被告乙山らが個人面接をしたところ、乙田が名乗り出た。そこで、被告会社は、乙田を懲戒解雇した。

3  本件乙山発言について

請求原因1(三)の事実は争いがない。そして、これによって、原告の名誉は毀損されたというべきである。

なお、被侵害利益が名誉であることに鑑みれば、本件乙山発言の違法性は軽いとはいえない。

4  原告の退職について

(一) 本件乙山発言については争いがない

(二) 右事実及び証拠(甲二、八、一〇、乙一、二、五、六、証人松井、原告、被告乙山、被告兼代表者乙野)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(三)(1) 被告会社は、被告乙野が支配する会社である。被告乙山は、被告乙野の親族である。

(2) 被告乙野は、常々、社員に対し、被告会社を好きになってほしい旨口にしていた。ところが、原告は、ビデオの隠し撮りの件があって被告会社の雰囲気が悪くなったと感じていたことから、平成七年一〇月五日、朝礼において、被告会社を今は好きになれない旨発言した。これを受けて、被告乙野は、早くビデオの隠し撮りの件を忘れて、頑張って貰いたいと思って、同月六日、朝礼において、本件乙野発言をした。

(3) 被告乙山は、早くビデオの隠し撮りの件を忘れて貰いたいと考え平成七年一一月一日、朝礼において(約三〇名の社員が出席)、本件乙山発言をした後、原告は被告会社で勤務を続けるか否か一日考えてくること、今日は今すぐ帰っても良い旨発言した。しかし、原告は、帰宅せず、勤務についた。そして、原告は、同月二日、被告乙山及び被告乙野に対し、勤務を続ける旨伝えた。

(4) それ以降、被告会社の社員は、原告との関わり合いを避けるような態度を取るようになり、人間関係がぎくしゃくするようになったので、原告は被告会社に居づらくなった。しかし、被告会社は、何の措置も取らなかった。そこで、原告は、平成七年一二月五日、被告会社を退職した。

(四) 因果関係についての補足説明

前記1、4(二)で認定したとおり、被告会社は社員が三〇名程度の会社で、被告乙野が代表取締役として被告会社を支配しており、また、被告乙山は、被告会社の取締役(専務)であるうえに、被告乙野の親族でもあるから、被告乙山の言動は社員に大きな影響を与えると考えられる。そこで、被告乙山が社員のまえで原告を名指しして非難したり、原告に対して退職を示唆するような発言をすれば、社員がそれに対して過剰に反応し、原告との関わり合いを避けるような態度を取ることは決してありえないことではない。また、そのような状況下において、原告が居たたまれなくなり、退職以外に選択の余地のない状況に追い込まれることも決してありえないことではない。したがって、他に原告に被告会社を退職しなければならないような理由が認められない本件においては、原告の退職は、本件乙山発言が主な原因であるというべきである。

なお、本件乙野発言は、原告の被告会社を好きになれない旨の発言を受けてなされたもので、被告乙野の被告会社を好きになって勤務してほしいという願いに基づくものであり、原告が被告会社に好意を持っている場合にまで辞めても良いという趣旨のものとは認められないから、本件乙野発言自体は、退職を強要するものとはいえず、原告の退職との因果関係はないというべきである。

5  被告らの責任について

(一) 被告乙山

(1) ビデオの隠し撮りについて

① 被告乙山がビデオ撮影に関わったことや原告と契約関係があることを認めるに足りる証拠はないから、被告乙山が個人としてビデオ撮影を防止するまでの義務を負うということはできない。また、乙田によるビデオ撮影は「事業の執行に付き」なされたものとはいえないから、被告乙山は、乙田の行為について責任を負わない。

② したがって、被告乙山は、ビデオ撮影によって生じた原告の損害を賠償する責任を負わないから、原告の被告乙山に対する請求は理由がない。

(2) 本件乙山発言について

前記3で認定したとおり、被告乙山は、本件乙山発言をして原告の名誉を毀損しているから、被告乙山は、これによって生じた原告の損害を賠償する責任を負う。

なお、仮に本件乙山発言が職場秩序維持のために社員に対する叱責のためになされたとしても、本件乙山発言が職場秩序維持に必要であったと認めるに足りる証拠はないから、本件乙山発言は適法とはいえない。

(3) 原告の退職について

前記1、4で認定したとおり、被告乙山は被告会社の取締役であって、代表取締役である被告乙野の親族でもあり、その発言は社員に大きな影響を与えるから、被告乙山は、不用意な発言を差し控える義務があるというべきである。また、不用意な発言をした場合には、その発言を撤回し、謝罪するなどの措置を取る義務があるというべきである。それにもかかわらず、前記3、4で認定したとおり、被告乙山は、朝礼において、本件乙山発言に引き続いて原告は被告会社で勤務を続けるか否か考えてくること、今日は今すぐ帰っても良い旨発言して、原告に対して退職を示唆するような発言をしたうえ、そのため社員が原告との関わり合いを避けるような態度を取るようになり、人間関係がぎくしゃくするようになったことから、原告にとって被告会社に居づらい環境になっていたのに、何の措置も取らなかったため、原告は退職しているから、被告乙山は、原告の退職による損害を賠償する責任を負う。

(二) 被告乙野

(1) ビデオの隠し撮りについて

① 被告乙野がビデオ撮影に関わったことや原告と契約関係があることを認めるに足りる証拠はないから、被告乙野が個人としてビデオ撮影を防止するまでの義務を負うということはできない。また、乙田によるビデオ撮影は「事業の執行に付き」なされたものとはいえないから、被告乙野は、乙田の行為について責任を負わない。

② したがって、被告乙野は、ビデオ撮影によって生じた原告の損害を賠償する責任を負わないから、原告の被告乙野に対する請求は理由がない。

(2) 本件乙山発言について

① 被告乙野が事前に本件乙山発言の内容を知っていたことを認めるに足りる証拠はない。

② したがって、被告乙野は、本件乙山発言によって生じた原告の損害を賠償する責任を負わないから、原告の被告乙野に対する請求は理由がない。

(3) 原告の退職について

① 被告乙野が原告を退職させる意思を持っていたことを認めるに足りる証拠はなく、また、被告乙野が原告と契約関係があることを認めるに足りる証拠はないから、被告乙野が個人として職場の環境を整えるまでの義務を負うということはできない。

② したがって、被告乙野は、原告の退職によって生じた原告の損害を賠償する責任を負わないから、原告の被告乙野に対する請求は理由がない。

(三) 被告会社

(1) ビデオの隠し撮りについて

被告会社は、雇用契約に付随して、原告のプライバシーが侵害されることがないように職場の環境を整える義務があるというべきである。そして、前記2で認定したとおり、被告会社は、被告会社の女子更衣室でビデオ撮影されていることに気付いたのであるから、被告会社は、何人がビデオ撮影したかなどの真相を解明する努力をして、再び同じようなことがないようにする義務があったというべきである。それにもかかわらず、前記2で認定したとおり、被告会社は、ビデオカメラの向きを逆さにしただけで、ビデオカメラが撤去されると、その後、何の措置も取らなかったため、再び女子更衣室でビデオ撮影される事態になったのであるから、被告会社は、債務不履行により、平成七年六月ころに気付いた以降のビデオ撮影によって生じた原告の損害を賠償する責任を負う。

なお、平成七年六月ころ以前に女子更衣室の壁に穴が開いていたことを認めるに足りる証拠はないから、被告会社は、同月ころに気付く以前のビデオ撮影については、責任を負わない(穴のあいたダンボール箱がおいてあるだけでは民法七一七条の責任を負わない。)。

(2) 本件乙山発言について

前記1、3で認定したとおり、被告会社の取締役である被告乙山が、朝礼において、本件発言をしているから、被告会社は、民法七一五条により、本件乙山発言によって生じた原告の損害を賠償する責任を負う。

(3) 原告の退職について

被告会社は、雇用契約に付随して、原告がその意に反して退職することがないように職場の環境を整える義務があるというべきである。そして、前記1、4で認定したとおり、本件乙山発言によって、社員が原告との関わり合いを避けるような態度をとるようになり、人間関係がぎくしゃくするようになったので、原告が被告会社に居づらい環境になっていたのであるから、被告会社は、原告が退職以外に選択の余地のない状況に追い込まれることがないように本件乙山発言に対する謝罪や原告は被告会社で勤務を続けるか否か考えてくること、今日は今すぐ帰っても良い旨の原告に対して退職を示唆するような発言を撤回させるなどの措置を取るべき義務があったというべきである。それにもかかわらず、前記4で認定したとおり、被告会社が何の措置も取らなかったため、原告は被告会社に居づらくなって退職しているから、被告会社は原告の退職による損害を賠償する責任を負う。

6  原告の損害について

(一) 逸失利益

証拠(甲三)によれば、原告は、通常、一八〇日分の失業給付を受けられることが認められるから、逸失利益については、一八〇日を限度として原告の退職と相当因果関係があるというべきである。そして、証拠(甲三、五の1)によれば、原告の平成六年度の年収が金三二六万三八〇〇円であり、雇用保険の失業給付の給付日額が金四五二〇円であることが認められる。そこで、退職による逸失利益を計算すると金七九万五九四五円となる。

3263800×180÷365−4520×180=795945

(二) 慰謝料

本件訴訟に現れた資料を総合勘案したうえ、別に逸失利益についての損害賠償を受けられることを考慮すると、前記2ないし4によって精神的苦痛を受けたことに対する慰謝料は、金一〇〇万円(被告乙山(前記3、4)に対する関係では金五〇万円)が相当である。

(三) 弁護士費用

前記2ないし4と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、金一五万円(被告乙山(前記3、4)に対する関係では金一〇万円)と認めるのが相当である。

二  不当利得について

1  請求原因2(一)の事実は争いがない。

2  したがって、被告会社は、原告に対し、金二〇万円を支払う義務がある。

三  退職金について

1  仮に原告が○○と勤続年数が同じであったとしても、証拠(乙三、四、被告兼被告代表者乙野)によれば、退職理由によって、退職金額が異なることがあり得ることが認められるから、○○が受け取った退職金額がそのまま原告の退職金額になるとはいえず、また、自己都合退職した原告の退職金が金六三万円であることを認めるに足りる証拠はない。

2  かえって、証拠(乙三、四、被告兼被告代表者乙野)によれば、原告の退職金が金一八万円五〇〇〇円であることが窺えるところ、原告が退職金として金一八万五〇〇〇円を受け取ったことは争いがない。

第四  結論

よって、原告の請求は主文の限度で理由がある。

(裁判官磯貝祐一)

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